セレッソのこの1年間は「世界陸上」の準備のため、長居では「第二競技場」という名のサブトラックで試合を強いられました。(「世界陸上」を中継したTBSはサブトラックを「第二競技場」とは呼んでなかったですね。サッカーのプロ興行を開催している施設だとはとても思えなかったからでしょうか?)

途中、1部より試合数の多い2部への「降格」も経験しました。
劣悪な会場で選手もサポーターにとってもタフな試合が続きました。そしてここ2ヶ月は大阪を遠く離れての死のロード。「世界陸上」が終わり、ようやく帰ることができます。
きつかった。

これだけ苦しい思いしているのだから、役所がスカタンで何であろうが、「世界陸上」は是非とも成功してほしいと思っていました。

それと、復帰したときは状態のよい芝生の上で試合を・・・という思いましたが、砲丸や槍でぼっこぼこのようですね。
帰ってもしばらくはコンディションが悪い状態が続くでしょうね。