SVABO! OSTANI!急性脳梗塞(のうこうそく)で緊急入院したサッカー全日本イビチャ・オシム監督の小康状態が続いています。

オシム監督は旧ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)のサラエボの出身。
ユーゴ代表チームを監督として率いた1990年のW杯イタリア大会ではベスト8まで勝ち進みました。
またユーゴ代表監督時代には、各民族の民族主義で翻弄された代表チームの民族的な配慮を排除し、「必要ならば11人全員をコソボのアルバニア人で揃える」と公言したそうです。

1992年3月、ボスニア・ヘルツェゴビナのユーゴ連邦離脱を受け、ユーゴ軍がサラエボに侵攻。
当時オシムさんはセルビアの首都ベオグラードのクラブで監督をしていたため戦火を免れましたが、サラエボに残した夫人と長女は脱出することができず、サラエボが封鎖されたため、数年間家族が引き離されました。
オシムさんはこの年の5月、ユーゴ軍のサラエボ侵攻とユーゴ分裂の抗議の意味で、ベオグラードとユーゴ代表の監督をともに辞しました。

「SVABO! OSTANI!(シュワーボ!オスタニ!)」とは、オシムさんがそのベオグラードの監督を辞することを決心したとき、民族間の感情が悪化する中、選手の実力のみを基準に起用しつづけたオシムさんのスポーツマンシップに対する敬意を込めて、クラブの選手から叫ばれたものです。
「シュワーボ(ドイツ野郎)、残れ!」と訳しますが、「ドイツ野郎」とはオシムさんの愛称です。

その後、オシムさんは、ユーゴスラビア代表選手で出場した東京五輪(1964年)のときに優しく接してくれた日本でチャレンジしたいと、2003年に来日。当時、Jリーグで下位だったジェフ千葉を強豪クラブにし、その実績を買われ、2006年、ジーコ監督に替わり全日本の監督に就任しました。

・・・・日頃は機知に富む語録が報道されるオシムさんですが、情熱と信念のかただと思います。

一日も早い回復を祈っております。



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ボスニア紛争(グルバビツァ地区)@サラエボ