9eff81fe.jpg20日木曜日は仕事を定時で終え、尼崎へ。
阪神尼崎駅近く尼崎市総合文化センターでの桂米朝一門による尼崎落語勉強会に行ってきました。
京都・安井の金比羅さんの会とともに、米朝一門の勉強会のひとつ。

私は2ヶ月前の前回と2回連続の鑑賞。
18時15分の開演に間に合いました。



この日の演目は以下の通り。
この会はトリだけネタだし(事前に演目を公表すること)しています。

みかん屋』桂さん都(都丸門下)
近日息子』桂まん我(文我門下)
いらち俥(いらちぐるま)』桂わかば(ざこば門下)
蔵丁稚』桂九雀(枝雀門下)
『明石飛脚』桂雀喜(雀三郎門下)
始末の極意』桂米二(米朝門下)
貧乏神』(小佐田定雄・作)桂こごろう(南光門下)

※中入りなし。


この会の世話役の米二さんが、今回の客の入りを心配していたけれど、入りは定員の120人を超える大入り。
それまでの入りは「だいたい40人くらい」(米二さん・談)だったそうですが、今年8月の回に米朝師匠と白井尼崎市長(美人市長!)がゲストに出たときに、尼崎のみなさんにこの会の知名度が上がったようです。

トップバッターはさん都さんの『みかん屋』。この時期の前座噺としてよく聴く噺です。
みかん屋が彼のニンにあっていたような(微笑)

二番手はまん我さん。『近日息子』は初めて聴く噺でした。まん我さんの口演も数えるくらいしかないけれど、キャリアの割にしっかりした語り口だと思いました。しっかり笑いをとっていました。
まん我さんは国立大学出で入門は遅いけど、生まれた年は昭和46年の亥年で、桂吉弥、林家染左、桂よね吉、桂歌之助、etc(敬称略)と同い年。私よりひとつ上になるんですが、昭和46年は若手噺家のあたり年ですね。

三番手はわかばさん。『いらち俥(いらちぐるま)』を披露。江戸落語相当『反対俥(はんたいぐるま)』。
「俥」とは字の通り、人力車のことです。この日のわかばさんは、途中までの口演でしたが、この噺に因み、マクラでは入門当時に人間国宝の米朝さんを尼崎市の自宅までミナミの落語会会場までクルマで送り届けたときのエピソードを。実録ドキュメントでした。最後はフィクションぽかったが(笑)たいへんおもしろかったです。

九雀さんは『蔵丁稚(くらでっち)』。
『蔵丁稚』は芝居好きの丁稚(でっち)が閉じこめられた蔵の中で歌舞伎のまねをする噺。
面長の九雀さんですが、芝居好きの丁稚がとても似合っていました。
因みにこのエントリーは画像とネタだけ携帯電話からアップしたのですが、私が使うパナソニック製のFOMAには「丁稚」が辞書登録されていませんでした(苦笑)
この日の九雀さんは眼鏡をかけていませんでした。最近は高座では眼鏡をかけてらっしゃらないのでしょうか? 眼鏡が顔に貼り付いているのではないかと思うほどのかたでしたが。

雀喜さんは『明石飛脚』。一人の飛脚を主人公にした小噺を合わせた噺でした。
飛脚がニンに合っていたように思いました。

この会の世話役・米二さんは、マクラではドラマ『ちりとてちん』のことを。ストーリーは楽しいが、本職として気になることがあるそうです。ひとつは弟子をとって暫く稽古をつけなかったこと。普通は弟子をとったら、早々に稽古をつけるとか。因みに、米二さんは雀三郎さんに弟子入りする前の雀喜さんに稽古をつけたことがあるそうです(微笑)
あと渡瀬さん演じる師匠の草若は思いきり普段着で、しかも横になって弟子に稽古をつけているが、稽古を付けるときは師匠も普段着ではないらしい。『落語を冒涜してまっせ』。
これについては、落語指導担当の林家染丸さんも局側に指摘したそうですが、融通が利かず、変更できなかったらしいです。
本編は「時間がなくなった」ということで『始末の極意』を途中まで。米二さんはアホの役が合ってて(もちろんニンではない)、ツボにはまりそうだった。

トリはこごろうさん。マクラ無しに『貧乏神』へ。小佐田定雄さんが枝雀さんに書き下ろしたものだそうで。気の弱い貧乏神と、貧乏神が取り憑いた男との噺。気が弱い神さんというのが落語らしく、本来と立場が逆転。貧乏神の心理描写に重点が置かれてて、シュールな結末。でもしめっぽくなかった。
枝雀さんが好んで高座にかけた(口演した)そうですが、爆笑ものが多いこごろうさんの中で十八番になってってほしいなあと思います。


リンク:
尼崎市総合文化センター