78697210.jpg16日昼は、梅田ヒルトン大阪での米朝一門会・昼の部に行ってきました。
サンケイホールが建て替え中のため、ヒルトン大阪の宴会場を借りての興行でしたが、それが今回で最後となります。
683fb915.jpg会場はA席の前のほう、一段高いエリアの前のほうでしたので、遠い高座まで障害なく拝めました。


この日の演目は以下の通り。

鷺とり』桂吉坊
看板の一(ピン)』桂雀喜
三十石(さんじっこく)』桂文我
一文笛』(桂米朝・作)桂ざこば
(中入り)
よもやま噺 桂米朝・喜味こいし・桂ざこば・桂南光
高津(こうづ)の富』桂都丸

開口一番は、吉坊さん。
年齢を聴かれることについてをマクラに『鷺とり』へ。
サゲの部分は、いわゆる枝雀型でした。

雀喜さんは、マクラでは受講している太極拳のカルチャースクールの面々を前に落語を一席した話を。
本編は「看板の一(ぴん)」を。

文我さんは、『三十石』を演るにあたって、『東の旅発端』から始まる旅ネタについての説明。そして24年前に東の旅の行程を実際歩いたエピソードについて触れられてました。伊勢まで往きは6泊7日かかったが、帰りは近鉄特急でたった2時間で帰ってこれたそうです(笑)
『三十石』はオーソドックスに。

ざこばさんは、いろいろマクラを振った後(兄弟子の”事件”についてはチラッと触れてましたが)『一文笛』へ。ざこばさんの口演では初めて聴きましたが、すっかり十八番ですな。

中入り明けて、よもやま噺。米朝さんを真ん中に両脇にざこばさん、南光さんが入られ、飛び入りゲストで喜味こいしさんも入られました。
大御所同士の話にざこばさん、南光さん入っていけない様子でした(笑)
そして、可朝さんの件について触れられると「よう知らんねんけど何かあったらしいな。ボインか?・・・まだ、(噺家を)やっとったんか」。
さらに米朝さんは可朝さんが弟子入りしてきたときのエピソードを披露。当時、林家染丸一門を破門になった可朝さんを師匠の先代林家染丸さんから引き受けてくれといわれたそうです。
可朝さんの前名の「桂小米朝」については「(可朝さんが)小米朝と書いたのを持ってきて『画数が3画(小)、6画(米)、12画(朝)と倍々になってる。こんなええ名前ない』言うて、勝手に印刷してもうたんや」と披露されました。

よもやま噺のあとは「ここからは普通の落語ですよ」と都丸さん。
『高津の富』(江戸落語相当:宿屋の富)は宝くじ(富くじ)に一喜一憂する人々の情景が浮かんできました。
高津神社のある谷町九丁目から宿屋のある大川町(今の淀屋橋・ミズノ大阪店がある辺り)は結構距離があると思いますが、当時は宿屋を自由に建てられなかったのかも?(建てる場所が制限されていたか?)

2時間45分で終演。


追伸
d14bbc7e.jpgパンフレットには「小米朝改メ五代目桂米團治襲名披露興行」のチラシが。
11月27日(木)に新・サンケイホール(サンケイホールブリーゼ)で開くとのこと。
昼夜2回興行ですが、800席台のキャパシティに、平日とはいえ、豪華なゲストということもあと、チケット即完売になるでしょうな。

果たしてチケット取れるかな?


リンク(パソコンで見て下さい):
サンケイホールブリーゼ
高津さんであそぼ-落語-@高津神社
ヒルトン大阪