16日木曜日は、「なら国際映画祭」のプレイベントとして行われた女優・尾野真千子さんと映画監督・河瀬直美さんのトークショーへ。
尾野真千子×河瀬直美トークショー@なら100年会館
9月14日から17日まで行われる「なら国際映画祭」のプレイベントとして、1997年に公開された映画『萌の朱雀(もえのすざく)』の上映と、河瀬直美監督とヒロインの尾野真千子さんのトークショーが開催されました。
急に開催が決まったようで、私がこの開催があるのを知ったのは当日朝の河瀬監督のツイートでした。


なので、なら100年会館の大ホールでの開催でしたが、観客が詰めかけることもなく、ゆったり映画とトークショーを愉しみました。
なら100年会館


映画は35ミリフィルムで上映されました。

フィルムでの上映なので、上映中スクリーンにときどきタテに線が入り、かつての映画館で映画を観ていたときのことを思い出しました。昨今のシネコンはリソースがデジタル化されているので、映像が乱れることはなく、快適に愉しめるのですが、フィルム上映はフィルムならではの味があると改めて認識しました。

この作品はリアルタイムではビデオでしか観たことがなく、ビデオで観たときとは違った印象を持ちました。奈良の西吉野の雄大な風景を大きなスクリーンで見ると、単純な感想ですが、迫力が違いました(笑い)

上映後は、河瀬監督と尾野さんのトークショーでした。
河瀬直美&尾野真千子

(上の画像は産経新聞より。)

トークショーでは作品の撮影時のエピソードと、作品公開後の尾野さんの足跡について触れられました。


尾野さんは、地元の中学校にいるときに、偶々河瀬監督と出会い、スカウトされたそうですが、それは噂でなく、本当だったそうです。
『萌の朱雀』パンフレットに、スカウトされた当時の尾野さんの写真が載っていましたが、スカウトされるとのは当然かと思いました。可愛かったからです。
尾野真千子

当時の尾野さんについて、河瀬監督曰く「まっすぐな目をしていた」に同感しました。

芸能界入りに反対していた尾野さんの両親の元に河瀬監督自ら出向き、交渉したこと。
撮影当時中学3年生だった尾野さんの、高校受験のサポート(要は家庭教師)したことなど。

この作品は2年間かけて準備したそうで。
確かに、エキストラである地元住民のみなさんの馴染み方を見ると、時間をかけて準備し、丁寧に映像が撮られているのだろうなと。
いきなり余所者がその村にいって映画を撮らせてくれといっても村の人は応じないと思う。自らのオープンにしても、その村の中に入ってくれないと誰も信用しないでしょうし。
尾野さんは当時の河瀬監督の印象として「山でカメラを回している変な人がいると、近所の噂になっていた」いっていました。確かに「この人、誰やねん」となるでしょうね(笑)
その後、村の行事に積極的に参加し、村の人との理解を深められたようです。

尾野さんが後年、別の作品で河瀬作品に出演したときに、途中まで撮影が進んだのに、自身の構想に合わないから、作品を一から撮りなおしたというエピソードが披露されていました。

尾野さんは高校卒業後、女優を目指すため、東京に移り住んだそうですが、下積みが永く続き、「親には2年で芽が出なかったら、帰ってこいといわれていたので、心配する親には『仕事が忙しくて大変』と嘘をついて続けていた」を涙ながらに語っていました。

トークショーの最後には尾野さんの両親が舞台に招かれました。大工であるというお父さんは大柄ではないものの、がっしりとした体型。昔ながらのお父さんを象徴しているかたでした。

尾野さんのドラマや映画での役にしっかり入り込んで演技することのベースが、この作品に出演したことであることが改めてわかりました。

リンク:
・「山でカメラ回す変な人」尾野真千子さん、河瀬監督の噂明かす 奈良でトークショー@MSN産経West(リンク切れ)
なら国際映画祭
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