2018年元日は「埼玉スタジアム2002」でのサッカー第97回天皇杯決勝、セレッソ大阪×横浜F・マリノス戦へ。
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大阪から日帰りの埼玉行き。
東京まで新幹線で、そっから京浜東北線と地下鉄南北線を経て、浦和美園駅。

徒歩20分弱でスタジアム。
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入口で、決勝戦のパンフレットを貰う。
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詳細な情報は別途プログラム(1000円)を買えってことなんでしょうか。

埼玉での観戦は、2013年のJ1最終節以来。4度目。

これまでバックアッパー(2階席)、南側ゴール裏、メインアッパーで観戦したが、今回はバックロアー(1階席)で。

ヴィッセル戦との天皇杯準決勝を制した後、JFAチケットサイトにアクセスし、チケットを確保した。

会場に来てみたら、いつも観戦している知人と臨席どうしに。
#知人の都合を確認せずに先にチケットを申し込んでいたのですが、偶然でした。

バックロアー。
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緩やかな傾斜のスタンド。

通路の車椅子席スペースの前あたりに着座。
この日は車椅子客は少なく、後ろの観客に邪魔にならずに観戦できたのは大きい。

なによりもピッチの選手が近い。
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そして天皇杯決勝は、メインスタンドに表彰台が設定されている。
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選手入場時は、埼玉県警の音楽隊により『日本サッカーの歌』の生演奏が。
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歴史ある大会の決勝らしい。

以下は警視庁音楽隊によるもの。


両ゴール裏。
横浜から東横線→地下鉄南北線一本で来られるF・マリノスのサポーターは、旗の数でサポーターの動員力を示したのに対し。
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「数的不利」のセレッソは、コントラストをハッキリした星2つのコレオグラフィーを。
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空席が目立った上層へ下層の観客に移動してもらい、下層は横断幕で隠したようだ。
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サポーターの咄嗟の判断と行動でそうなったようだが、コレオグラフィーは席が詰まってないと締まらないから、ええ判断したと思います。

試合前の記念撮影。カメラマンの数が半端ない。これも歴史ある大会の決勝戦ならでは。
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撮った写真をどれだけ使うかは別だが。
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キックオフ。

メンバーは。
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山口蛍選手が復帰。準決勝より中8日空いたのは大きかった。
これまで準決勝は29日で、元日決勝まで中2日なので、それだったら、間に合っていなかったことでしょう。

試合は前半はF・マリノスのペース。
前線にMFマルティノス選手とFW伊藤翔選手の2人を置いて後は守備を重きに置いた堅守速攻な布陣。

その前線が厄介。
セレッソの浮ついた守備の隙を突かれました。

前半8分、相手の左クロスから伊藤選手にDF木本恭生選手(15番)が振り切られると、そのまま伊藤選手に先制ゴールを決められました。
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失点後も、劣勢な時間が続きました。
F・マリノスの組織的な守備を前に、中々中盤から前にボールを出せず、かつF・マリノスの速攻に苦しみました。

とくに後半途中まで、マルティノス選手(20番)の動きには、手を焼いていました(大阪弁で云うところの「難儀しました」)。
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かつ不可解なレフリングにイライラが募ることも。
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それでも前半はそれ以上の失点は許さず、0−1で折り返します。
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後半途中までF・マリノスペースが続きましたが、徐々に体力が落ちてきたF・マリノスに対し、セレッソが主導権を握ると、後半30分にようやく同点に追いつきます。

水沼宏太選手の強烈なミドルシュートの零れ球が相手DFを経て、山村和也選手(24番)の下に。
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これを山村選手は右足を振り向いて相手ゴールマウスへ。
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山村選手のゴールでスコア1−1。試合は振り出しに。
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この後、尹監督は状況を見極めながら選手交替を指示。
後半32分、田中裕介選手にスイッチし、左サイドの守備を強化すると。
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後半35分には、ここまで大きな活躍が目立ってなかった柿谷曜一朗選手からリカルドサントス選手に交替。
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天皇杯優勝を重ねている相手を前に、3部練習で積み上げてきたフィットネスを前面にスタイルで臨みました。

後半はこれ以上の加点は臨めず。試合は前後半30分の延長戦へ。
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延長前半5分に待望の勝ち越しゴールが飛び出します。
左サイドでボールを受けた山村和也選手からのクロスボール。
これに水沼宏太選手が反応して、大外に飛び出し、角度のない位置からのヘディングシュートを放つと。
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ボールは野球でいう「シュート回転」でF・マリノスゴールに吸い込まれました。
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これこそ値千金のゴールでスコア2−1と逆転に成功しました。
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これを受け、尹監督は山村選手を最終ラインに下げ、5バックで守備を固めつつ、カウンターから追加ゴールを狙う戦法に変更しました。

一方、フィットネスが落ちたF・マリノスは全体的に攻撃が雑になり、これまで嫌らしい攻めを見せていたマルティノス選手が痺れを切らし、ラフプレーを連発。感情をコントロール出来ていないように見えました。
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延長後半に、これまで攻守に亘り獅子奮迅の動きを見せたMFソウザ選手が足を攣り、交替を余儀なくされました。
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交替した秋山大地選手をはじめ、チーム全体で献身的なディフェンスでF・マリノスにゴールを割らす事となく、試合終了の笛。
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前身のヤンマーディーゼル時代から数えて4度目。
43回大会ぶりの天皇杯優勝を果たしました。
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◆1月1日 埼玉スタジアム2002

C大阪 2−1 横浜FM
(前半0−1)
(後半1−0)
(延前1−0)
(延後0−0)

【得点者】伊藤翔(横浜FM)山村和也、水沼宏太(C大阪)
観衆:42029人

リンク:試合結果@セレッソ大阪公式ファンサイト


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試合後のインタビューは尹監督、山口蛍選手、山村和也選手、そして水沼宏太選手でした。
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表彰式。
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まず審判団の表彰。
準優勝F・マリノスの表彰が続きました。
F・マリノスの守備陣を統率していた中澤佑二選手が表彰状を受け取っていました。
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そして優勝チームの表彰。
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優勝賞金は1億5000万円。
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準優勝は5000万円。この差は大きい。

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そして天皇杯授与。
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高円宮妃久子さまから。
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ついにこの日。この瞬間。
そしてこのブログを編集している瞬間にまた感無量。

ヤンマーとしては43大会ぶり。
私がセレッソを見始めた94年から23シーズン。ずっと無冠だったのが、今年一気に2冠。

1995年からのJリーグ加入が決まり、髪フッサフサの森島選手に白抜きのセレッソのロゴがでかでかと入った白黒のポスターが、大阪駅構内に張り出された。
あれから23年。

暫く余韻を味わいたいです。
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尹晶煥監督の話(以下、セレッソ大阪公式ファンサイトより。)
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●尹晶煥監督(セレッソ)
「まずは新年になりましたので、『明けましておめでとうございます!』と(笑)。
今日は、結果だけを見れば非常にうれしいですし、本当にあり得ないことがあふれる1年を、僕らの選手たちは過ごしてきたと思います。J1昇格プレーオフから昇格して、ここまでの成績をあげるのは決して簡単なものではないと思います。カップ戦2大会とも優勝して、リーグ戦でも3位に入るということは、絶対に簡単なものではないと思います。これは絶対に誰か1人の力で成し遂げたものではなく、大勢の皆さん、全選手、全スタッフ、そしてセレッソに関わるすべての皆さんが力を合わせて達成した結果だと思います。2018年もこの結果を持ってくることができれば非常にうれしいと思いますが、それは言い切れないところにもなります。
今日の試合は、非常に厳しい戦いになると予想はしていましたが、その予想した以上に厳しい戦いになりました。2017年の1年間、こういう姿で走りきってくれた選手たちがやってくれた結果だと思います。非常に選手たちに感謝しております。この選手たちに感謝のメッセージを贈りたいと思います。現役時代、優勝できなかった天皇杯で、指導者になって優勝できて、本当に感激していますし、非常にうれしく思っています。でも、これがすべてではないです。もうすでに来シーズンを1カ月前に控えていますが、早く休みに入って、身体を十分快復させて、来シーズンに向けていい準備をしなければいけないと思います。この1年間、皆さん本当におつかれさまでした。本当に感謝しております。ありがとうございました」

Q:ルヴァンカップ決勝 も非常に厳しい試合で、今日も1点を先行されて厳しい試合でした。セレッソのイメージというと、こういう試合をなかなか勝てないというのが、これまでにはありましたが、何が一番変わったのか、監督は一番何を変えたのでしょうか?
「昨日も同じ質問を受けました。逆に皆さんに質問をしたいです。本当に、我々の選手たちは何が変わってきたのでしょうか?僕は就任してちょうど1年になりますが、僕が来る前までは我々の選手たちはどういう姿だったのでしょうか?どういう前の姿があったから、こういう質問を受けるのか。そこがすごく気になります。
1つ上げられるものとしては、勝とうとする姿勢です。そしてチームとしてやろうとするプレーを、1人だけではなく全選手がやろうとしていたところが、グラウンドでよく表現できていたと思います。そして、自己犠牲して献身的に走って、最後まであきらめない姿を見せることが、今のセレッソの選手たちが一番変貌したところではないかと思います。それが身体と精神に染みついて、勝利を導く1つの原動力になったのではないかなと思います」

Q:先ほど監督が言われた、1人の力ではないと、それは非常に大事なことだと思います。なかには反発する選手とかもいるのかもしれませんが、(チームをまとめるのに)尹監督のなかで何が一番大事だったのでしょうか。
「自分なりに考えていることを言います。これが本当に正解なのかどうかはわかりません。それは『信頼』ではないかと思います。お互いの人格を、みんなが尊重してやっていくことで、そういう信頼があったから。また、チームとして目標としているところと、各自が目標としているところが一致したので、(チームが)うまく回ったのではないかと思います。目標が明確になっていたので、監督として管理する部分に関してはすごくやりやすかった。もちろん、反発する選手もいるでしょうし、陰で文句を言う選手もいるのかもしれません。僕も選手時代、そういう言動をとったことがあるので。でも、時間が経てば、やっぱり自分が足りなかったんだと気づくときが来ると思います。なので、僕の立場からすると、その選手たちが変わってくるまで待ってあげなければいけないですし、そして我々がいい結果を持って来ているのも、そういう選手たちが変わってきているから結果もついてきていると思います。そして、選手、フロント、みんなが同じ気持ちで、同じ目標に向かって仕事をしているので、よくなっているのではないかなと思います」

Q:サガン鳥栖時代から一緒にやっている水沼宏太選手が、今日の試合で最後に決勝点を取りました。1年目でチームを作るにあたって、彼が監督のサッカーを理解しているからこその役割があったと思います。この1年間、彼はどんな役割を果たしてきて、今日のプレーぶりをどう感じているか教えてください。
「水沼選手は僕のことを知り尽くしているので、気をつける必要があると思います(笑)。それはともかく、2017年の1年間、本当に順調に行けたのには水沼選手の存在があったからと言っても過言ではないと思います。なぜかというと、僕の考えをほかの選手たちにうまく伝えてくれて、そしてサッカースタイルもそうですが、いろんな面で僕ではできない仕事を陰でよく頑張ってくれたと思います。キャプテンでも副キャプテンでもないのですが、本当にこのチームで何かを成し遂げないとという気持ちがすごくあったと思います。今日の決勝点について、ヘッドで決めたのは初めて見ましたが、それくらい本人が努力したから、この結果につながったと思います。そういう選手がいれば、誰であっても、僕がサポートしてやっていかなければいけないと思います。それがチームの力になると信じているからです」

Q:先ほど「信頼」という話もありましたが、今日の試合では先制されて、ゲームを支配しながらなかなか点が取れず、じりじりとした展開が続いていました、ルヴァンカップでタイトルを獲ったことで、なにかメンタルに影響はありましたか?
「もちろん、ないと言えばそれは嘘になります。ミーティングでもその(精神的な)部分をすごく強調していました。我々も人間なので。もちろん厳しい状況で、こういう試合ではつらくなるときもあったと思いますが、だからといって全選手が弱くなっているわけではないので、何か足りない部分を周りの選手で埋め合わせてやれば十分できると思いました。それが信頼というものではないかと思います。もちろん、交代された選手は気分のよくないところもあったと思いますが、チームの勝利のためには選択するしかない。そういう選択をしないといけない立場にも、僕はなっています。もちろん全選手がいいコンディションなら90分以内で勝負はついたと思いますが、そうではなかったので、いろいろなことを考えなければならなかった。その選択をしなければいけなかったのです。セレッソ大阪がもっと発展と成長をしていけるかどうかは、これから見極めていかなければいけないです」
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以上。

(2018.1.4 23:21追記)
一部文言を追記、または直しました。