スポーツ報知に掲載された桂米團治さんへのインタビュー記事です。
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 落語家の桂米団治(60)は昨春、一門の落語家約50人が所属する「米朝事務所」の社長に就任した。上方落語協会副会長を務めるなど上方の看板の一人として活躍する一方、弟子3人を育成。さらに経営者としての責任も背負うなか、年明けから還暦と噺家(はなしか)生活40周年を記念する計30公演の独演会もスタートした。父であり師匠でもあった故・桂米朝さん(15年死去)の姿に思いをはせながら、「我慢」の日々を送っている。(取材、構成・中村 卓)

 米団治は2008年、大師匠(師匠の師匠)が名乗った上方落語の大名跡の5代目を襲名した。最初の弟子を迎えたのはその直後。今は3人の弟子がいるが、師匠となって約10年、肝に銘じているのは「我慢」だ。

 「実の子もいますが、弟子も我が子のように思っています。しかし弟子は、私と会うまでに育った家庭環境が全く違う。だから感じ方、理解の仕方も三者三様です。言うことを聞かない時には、実の子でも『まあしゃあない』となることがあるでしょう。だったら弟子も、それぞれに違う考え方、感覚というものを認めてやるしかない。きれいに言うと、余裕を持って、懐を広く見てやること。でも要するに、我慢の連続です」

 弟子は09年入門の桂団治郎(30)を筆頭に、米輝(よねき・34)、慶治朗(34)の3人。人柄だけでなく、落語の腕前もさまざまだ。

 「慶治朗は才覚がいいんですが、悪く言えば才走る。自分の考えをしっかり持っている人間でもあり、おせっかい過ぎることがあるんです。内弟子の時には『慣れるのはいい、なれなれしくするな』と口酸っぱく言いました。米輝は唯我独尊。独創性が多分にあって、落語は私の方が『今日の僕、悪いところなかったか?』と聞くほど上手ですが、協調性に欠けるところがある。相手の立場になって考えなさいとよく言いました。そういう点で、性格が一番素直なのは団治郎。でもほかの2人に比べると、ハングリー精神が足りないんでしょうね。教えてきたのは、もっと落語がうまくなれの1点です。3人とも、ようやく少し成長してきた。何事も、形にするには10年かかりますね」

 上方落語界に多大な功績を残した米朝さんは、長男の米団治にとっても「師匠」だった。20人を超える兄弟弟子と、何一つ変わらぬ扱いを受けた。

 「米朝は高座至上主義です。性格が少々だらしなかろうと、細かいところに気が利かなかろうと、高座で面白いことをやる人間を重用した。ネタが良ければほめられたし、悪ければコテンパンにけなされました。ほかの弟子と全く同じでした」

 ネタの稽古はとりわけ厳しかった。絶望的な罵声を浴びせられることもしばしばだったという。

 「私が20代でしたかね、30歳になったぐらいかもしれない。『なんで覚えられへんのや、あ〜!』と(激しい口調で)怒られるでしょ。『すみません、あそこでこんなセリフが一つ抜けたために…』と説明しようとすると、『もうええねん。要するに、下手っちゅうことや』。しばらく何も言えませんでした。運悪く、その場面を兄弟子に見られましたがね(笑い)」

 生まれた時から、自宅には住み込みの兄弟子がいるのが当たり前だった。幼少期に父親だと思ったことは、ほどんどなかったという。

 「米朝が全盛のころは、毎晩のようにいろんな方が家に来て、小さい私は普通の家の父親とは違うと思っていました。兄弟子もみんな酒の席では『ちゃーちゃん』と愛称で呼んで(※)、ホンマの父親のように思っていたと思いますしね。私自身がおとっつぁんという感覚を持ったのは、米朝が要介護状態になってから。車いすに乗って、家に来る人も少なくなって、ようやく父親らしく感じるようになりました」

 ネタの出来には厳しかった分、上出来なら「それでええ」と褒めてくれることもあった。芸を徹底的に追求するスタンスだけは、米団治も同じ。「我慢」はしない。

 「師匠でなくても頼めば稽古をつけてもらえるのが落語の世界です。私もいろんな子を教えてきましたが、叱りがいのある子は叱り、ない子は稽古をやめます。教えただけのことをやってくるかどうか。また、どんなネタにも壊してはいけない部分がありますが、そこを時流に合わせて違う演出にしてしまうようなことをされると、米朝一門は気になるんです。兄弟子の稽古の様子を見ても同じ。米朝イズムでしょう」

 演芸界で初めて文化勲章まで受章した偉大な師だが、一方で反面教師にする面も。

 「大人げないところが多分にありましたからね。気が合わないと、インタビュアーの質問を全部否定するんです。『そら違いまんな、そんなことおまへんがな』と困らせる。第一印象が悪い人や気が合わない人は、絶対に自分の範囲に入れないところが米朝にはありました。血液型がO型の人の傾向と聞いたことがありますが、僕はA型。内心、嫌と思う人でも話は合わせます」

 昨年4月から、事務所社長と二足のわらじを履く。人に話を合わせることができるタイプとはいえ、経営者としても「我慢」を肝に銘じる日々だ。

 「社員も弟子と一緒で、それぞれの家庭があって、生きてきた道が違いますから。不満ももちろんありますよ。でも我慢、我慢。堪忍袋の緒が切れたら大変ですが、幸い落語には、泥棒の噺、隠していた女が見つかりかける噺、自分の母親を好きになってしまう噺と、ありとあらゆる事象がネタにある。行き詰まったら、打開する方策は落語にあり。世間の経営者の皆さんにも、お伝えしたいですね」

(※)幼少期の米団治は「父ちゃん」と発音できず、米朝さんを「ちゃーちゃん」と呼んだ。兄弟子がそれをまね、米朝さんは晩年まで一門の間で「ちゃーちゃん」と呼ばれ続けた。

 ◆桂 米団治(かつら・よねだんじ)1958年12月20日、大阪市生まれ。60歳。本名・中川明(なかがわ・あきら)。関西学院大学在学中の78年、父の3代目桂米朝に入門し、桂小米朝を名乗る。同年、京都・金比羅会館「桂米朝落語研究会」で初舞台。92年に大阪府民劇場賞奨励賞、2005年に兵庫県芸術奨励賞を受賞。08年に5代目桂米団治を襲名し、18年2月、米朝事務所の社長に就任した。
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以上、スポーツ報知より。

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