豊臣秀吉が生涯最後の築いたとされる「京都新城」の石垣と堀が、京都御所東南にあたる「京都仙洞御所」での発掘調査で見つかったと、京都市埋蔵文化財研究所が発表しました。
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京都新城は天皇が住んだ内裏の南東側に築かれ、秀吉が亡くなる前年の1597年に完成。
秀吉や正室の高台院(北政所)が屋敷したようだ。
江戸時代には跡地に大宮御所、仙洞御所が建設。

出土した石垣は野面積みで、南北8メートル分。
下半分の3〜4段は残る一方で、上半分は意図的に壊されたようだ。
関ヶ原の戦いは迫る中、内裏から近いこの場所の城郭を使われるのを防ごうとしたとみられるということは、東軍(徳川方)の仕業?

滋賀県立大学の中井均教授(日本城郭史)は、新城を藤原道長の土御門第跡にあえて築き、関白に就く豊臣家の家柄や権勢を象徴的に示そうとしたのではないかとコメント。

伏見を政務の中心として気付いているので、あくまで都での権勢を示すためなんでしょうね。


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(画像は5月13日付の京都新聞。)

リンク:秀吉最後の城、幻の「京都新城」初めて出土 逸話に沿う石垣破却、桐や菊文様の金箔瓦|社会|地域のニュース|京都新聞

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