兵庫県川西市「多田神社」境内の休憩所に設置されている「三ツ矢サイダー自動販売機」です。
多田神社内の三ツ矢自販機
「三ツ矢サイダー」は明治時代に、多田神社近くの兵庫県川辺郡多田村字平野(現在の川西市平野)で、湧き出た炭酸水を「平野水」として販売したのが起こり。

休憩所にはオリジナルの販売機とともに。
炭酸水に名付けられた「三ツ矢」の名の由来と、それに纏わる2つの伝説が標示されています。
三ツ矢伝説-1

九頭竜伝説は、平安時代中期に、摂津源氏の祖、源満仲が、「住吉大社」の神託に従い三ツ矢羽根を放つと、矢は多田庄(今の川西市多田)の沼にいた九頭竜の頭に命中したという。
満仲はこれを奇縁とし、沼を埋め立てて新田を拓くとともに、自らの居城(新田城、多田城)を建てた。
また矢を探した孫八郎という男に、満仲は領地と「三ツ矢」の姓、三本の矢羽の紋を与えた。
三ツ矢伝説-2

鷹狩り伝説は、満仲がある日鷹狩りに出かけた際、偶然居城近くの塩川の谷間で、一羽の鷹が湧き出ている水で足の傷を治して飛び立つのを目撃したという。
この湧水が霊泉として崇められ、付近の住民がこの天然鉱泉を入浴として利用。
明治初年頃まで「平野温泉郷」として存続したようだ。
三ツ矢伝説-3


明治時代の中期、当時、外国人接待用の炭酸水を調達するために、宮内省の命を受けて全国の水源を調査していたイギリス人理学者ウィリアム・ガウランドにより「平野鉱泉」が発見され、炭酸水の御料品工場が建設。
のち、1884年に、宮内庁から平野鉱泉を含む多田銀山が、三菱財閥に払い下げられると、権利を得た明治屋が炭酸水を「三ツ矢平野水」と「三ツ矢タンサン」として発売した。

ブランド名に「三ツ矢」が充てられたのは、当時の多田村の村長のほか、多田神社の宮司、三ツ矢家の当主に、平野鉱泉所の所長による合議で決まったようだ。
またそのときに三本の矢を中心に向かって配列するマークも考案されたという。
三ツ矢cider缶


因みに「三ツ矢サイダー発祥の地」は、川西市平野の能勢電線路沿いに現存。
能勢電の車窓越しで炭酸水を採掘した塔を拝むことはできます。
建物は「三ツ矢記念館」として展示、公開されていたようですが、現在は閉鎖。
三ツ矢のミュージアムは兵庫県明石市にあるアサヒ飲料の工場に移されたようです。

mixiあたりに地元の人のレポが載ってて、温泉は閉鎖されたけど管から若干の炭酸が湧き出て、川に流れ出ているようです。

多田神社
兵庫県川西市多田院多田所町1-1
能勢電車多田駅から徒歩15分、または阪急宝塚線川西能勢口駅から阪急バス「多田神社前」下車徒歩2分
地図

三ツ矢サイダー発祥の地(平野鉱泉工場跡)
兵庫県川西市平野3-23-1
地図


参考リンク:
三ツ矢サイダー - Wikipedia
「三ツ矢」の歴史(アサヒ飲料のサイト内)
「旧三ツ矢記念館」「源泉地室」が「三ツ矢サイダー」発祥の地である兵庫県川西市の猜顕衆篁梱畭莪豺罎貿定|ニュースリリース 2019年|会社情報|アサヒ飲料
住宅都市の川西市 実は温泉郷だった !?(川西市の広報誌。pdf形式)
明石工場 工場見学のご案内(アサヒ飲料のサイト内)

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