大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第16回を見た。
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義仲追討軍。の大将な源範頼(蒲殿)。

到着までに九郎が義仲の軍と小競り合い、の報告を受けるも。
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蒲殿。めちゃできる上司!。

一方チーム木曽は。
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木曽殿(義仲)がとても思慮深い武人の設定。に納得の演技。

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相手の挑発に乗らず。
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ただ、出てきた地図が。

「京」以外は平仮名表記の地名。
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京→平泉育ちの義経と比べて、漢字が読めなかったか木曽殿。

宇治川に進むも。
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そして。

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義経側は。
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佐々木高綱の先陣争いが。地図で紹介レベルで終わってしまった「木津川の戦い」。

義を通し、京を離れる義仲だったが。
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なんと冷たい都人。
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近江にはいった義仲軍は待ち構えた範頼軍と鉢合わせて。
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義仲。敗北を悟ったか。

巴御前に「ここで落ち延びよ」と。したためた文を義高に届けるのだ。と。
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巴が拒むも。
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巴に、生き延びてほしいと願う義仲。
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今生の別れ。
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強かった巴。相手武将の首を捻じ切ることはなかったが。

これを見たのが和田義盛。
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和田義盛が巴御前を妾にする話は『源平盛衰記』にあるようですが、さて。

義仲と今井兼平は相手とバッタリ。
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自分が盾となるので、琵琶湖岸の松原に逃げてくれと兼平。
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ここで。

矢が額に命中する義仲。
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矢が刺さって討ち死にするのは史実で、シナリオにもあったが、実際に映像で実現するとは。
おそらくCGだろうが。
冷酷。それ戦(いくさ)か。

これまでの義仲とは違った描き方で納得いくものだった。最期まで聡明だった。
猛将な幼馴染み、巴御前も素晴らしく。チーム木曽あっぱれでした。

ドラマ後半は、源平合戦一ノ谷の戦いが。
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義経の天才軍師ぶりが描かれた。戦の申し子か。
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これに対する梶原景時が悪い顔ながら。

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義経の策を認めた。

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三草山(現・兵庫県加東市)で平家に夜討ちをかけた義経は、須磨浦手前の鉢伏山へ。
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そう、須磨浦山上遊園に向かうロープウェイが設けられているあの山。
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鵯越の逆落としは有名ですが、諸説あって、鉢伏山からの急襲がもっとも納得できる。




東から海沿いを進軍した範頼は、生田口から。
今の生田神社あたりから。
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背後の坂(崖)を下りてくるとは思わなかった平家はてんやわんや。

義経は猛将。義時や頼朝よりもずっと、ドラマの主役のよう。

決まってました。
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リンク:



紀行は、滋賀県大津市の「義仲寺(ぎちゅうじ)」が紹介。
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もともとは義仲の墓近くに、巴御前が草庵を結んだのが起こりと伝わる。

江戸時代には松尾芭蕉が度々訪れ、義仲に対する句も。

「義仲の 寝覚めの山か 月悲し」
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推しが強すぎた芭蕉さんは。死後は義仲の隣りに埋葬。
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推しの力は永遠に。


義仲寺
滋賀県大津市馬場1-5-12
JR・京阪電車「膳所(ぜぜ)」駅から徒歩7分