MASARUのブログ

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森祇昌

20111019落合博満監督のぶっちゃけ手記@日刊スポーツ

19日付の「日刊スポーツ」にドラゴンズ落合博満監督の手記が掲載されました。
落合博満ぶっちゃけ手記@日刊スポーツ
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16年前の『Number』

Number235-1自宅の部屋を整理していたら、16年前(1990年)の『Number』(235号)が出てきました。
メインの特集はプロ野球の珍プレー好プレー。
その他に、晴天の国立競技場でのサッカーのトヨタカップ・ACミランvsナシオナル・メデリン(コロンビア)の一戦。「名GKイギータを呆然とさせたスーパーゴール!」とな。
あと福岡ダイエーホークス監督に就任した田淵幸一さんへのインタビュー。田淵さんはインタビューの写真ではバットと竹刀をステッキ代わりにし写真に収まっていました。それにしても田淵さんの「噛めば噛むほどフィーバーする”放物線野球”」って何ぞや?ようわからん(苦笑)

Number235-2あと、その号には西武ライオンズ清原和博選手の特集も。
題して「清原和博 ふたたびゼロからの出発」って、今年の状況にも当てはまるのでは?ただ、その当時はスランプ脱却に燃える四番打者に対し、今は背水の陣。でも受け容れられた球団からはビッグ待遇な扱いのようですね。
思えば、清原選手が凄かったのは森祇昌さんがライオンズの監督だったとき。つまりバファローズと毎年のように優勝争いしていたときですが、彼がライオンズの最後の年(96年)はバファローズと3位争いした年で、その最終戦で自身の本塁打王のチームの3位を決めるバファローズとの直接対決。私はバファローズファンなので、チームのAクラス入りを確認するため、都内で仕事終わって西武球場まで急ぎました。試合は結果バファローズが敗れ、来季GS神戸での開幕が確定(その試合は土日とも中止になりましたが)。清原選手はその試合では凡退に終わり、結局ニール選手(BW)に本塁打数あと1本及ばずでした。試合後、観客も少ない中、試合後は手袋などをスタンドに投げていた清原選手。あれが彼を生で見た最後でした。

そして今年、10年ぶりにパ・リーグに帰ってきた訳ですが。かつての面影なし。顔もごつく黒くなったし、失礼だが枯れた巨木のごとく。

同じく大阪出身の中村紀洋選手との2ショットポスター「(大阪に)帰ってきたで」は球団が「大阪もホーム」を印象づけたかったんだろうけど、それはないだろうと思いましたね。

追伸
『Number』ですが、いつのころからか、企画が画一してきた印象が。
かつてはさまざまな競技をとりあげ、独自な切り口が合った様に思いましたが、今は”売れ筋”を優先で取り上げているように思います。野球でもパ・リーグより、阪神・巨人。サッカーならJより全日本と欧州サッカー。それもあって最近買うことも立ち読みすることも少なくなりました。
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